知的乱流制御の先導設計

Leading design of smart turbulencecontrol

遠藤 誉英 (東大院), 笠木伸英 (東大工)

T. Endo and N. Kasagi, The University of Tokyo

1. まえがき

 乱流およびそれに付随する摩擦抵抗, 伝熱, 発生音などの乱流現象は, 先端技術, 環境の諸問題に深く関与しており,実用的かつ高効率な乱流制御技術が求められている[1]. 乱流制御はおそらく乱流研究の約100年の歴史の当初から描かれた夢に違いないが,近年高度に知的な乱流制御を実現するために必要なソフトウエアやハードウエアの急速な進展があった. 例えば, 最適制御理論やニューラルネットワーク理論と流体力学の融合や,マイクロマシン技術の応用による微細なセンサ, アクチュエータの開発を挙げることができる. 今後具体的な系を対象とした制御システムを開発するためには,理論や数値シミュレーションを駆使した先導設計と共に, ハードウエア要素とそれらの実装のための開発研究が急がれる. 以下では,ダイレクト・シミュレーション(DNS)を駆使した, 壁乱流制御システムの先導設計研究の一例を紹介する.
 最近, Endo et al.[2] は, 乱流摩擦抵抗低減を目的として, 実用化の可能性が大きいと考えられるセンサ群,変形アクチュエータ群を壁面上に規則正しく配置したスマート・スキンを提案し, チャネル乱流の DNS によって評価している.種々の統計量とともに, 乱流場の可視化を応用することによって, 壁乱流固有の縦渦構造の生成過程に対する制御効果を明らかにし,将来の設計指針の一助としている.

2. 分散型変形アクチュエータ群による壁乱流のアクティブ・フィードバック制御

 DNS においては, 空間離散化に二次精度中心差分を用い. 時間進行には修正クランク・ニコルソン型フラクショナル・ステップ法を適用した[2].計算領域は,δをチャネル半幅として,流れ方向に2.5πδ, スパン 方向に0.75πδをとった.計算格子数は,x, y, z 方向にそれぞれ 96, 97, 96 点とし, x, z 方向には一様格子とした.時間刻み幅は 0.33ν/uτ2 とし, 流量一定条件を課した.バルク平均流速 Ub およびチャネル幅 2δ で定められるレイノルズ数は4600としたが, このとき非制御時の平均摩擦速度 uτδ で定まるレイノルズ数はReτ〜150 である.
 図 1 に, 非制御時のチャネル乱流における壁面近傍の乱流構造の動画を示す. 図は, チャネル下壁面近傍の乱流構造を, 壁垂直方向に可視化したもので,流れは図の左から右に向かう. 白色等値面は, 変形速度勾配テンソル u'i,j の第二不変量(II'=u'i,j u'j,i) の閾値によって可視化された渦構造を示し,赤, 青色等値面はそれぞれ高, 低速ストリーク (u'+=±3.5) を表す.また, 観測フレームは対流速度Uref+=10 で流れ方向に移動しており, ストリーク構造の揺動,渦構造の再生成の観察を容易にしている.
 ストリーク構造は, スパン方向へ揺動現象を示し, 渦構造は活発に生成あるいは再生成を繰り返していることがわかる. 特に,縦渦構造は, 低速ストリークの揺動点下流に多く存在している. DNS データベースを用いた条件付抽出の結果からは, 低速ストリークの揺動点下流端に縦渦構造が高い確率で存在することが示されている[3]. また, 流れ場中に存在する縦渦構造を, 壁面剪断応力のスパン方向勾配によって検知することが可能であり,その際, 縦渦構造は検知 センサから約50 ν/uτ 下流の位置に存在することが示された.
 図 2 に, 剪断応力センサと変形アクチュエータの配置図を示す. 縦渦構造に伴う壁垂直方向速度成分を減衰させることによって,縦渦の回転運動を抑制するため, 各アクチュエータはスパン方向に凹凸状に変形するとした. アクチュエータのスパン方向長さは 60ν/uτ,流れ方向長さは 200/uτ とした. 剪断応力センサは, アクチュエータ最大可動域から50ν/uτ 上流に位置するように配置した. アクチュエータは, チャネル両壁面にそれぞれ36 個 (流れ方向, スパン方向に6×6個) 等間隔に配置した.
 各センサは, 2 つの壁面剪断応力成分のスパン方向勾配, u/dzw/dzを計測し, センサが負の w/dz を検知した時に, アクチュエータの変形速度 vmは以下のように与えられる.

(1)

ここで, ymは凹凸の変形量を表し,α=2.3, β=0.077, γ=0.3と定めた.
 図 3 に, 変形アクチュエータ群による制御下における壁面近傍の乱流構造を可視化した. 可視化される物理量は, 図 1 と同様である.制御下では, 低速ストリークの揺動現象が著しく抑制されることが分かる. このことにより, 縦渦構造の再生成が抑制され, 縦渦構造が減少していくことが分かる.
 図 4 に, 流れ方向平均圧力勾配の時間変化を示す. 圧力勾配は, 非制御時の平均圧力勾配 <dp/dx>cによって正規化されている. 変形アクチュエータ群によって制御された結果, 制御効果が現れるまでに時間遅れが生じているものの,t+=800 において最大抵抗低減率17%が得られている. 本制御による摩擦係数の低減率は,約10% であり, 流れの駆動仕事の削減と, 制御に要した仕事との比は約12である.

3. 結び

 高度に知的な乱流制御の実現に向けた研究の一例を紹介した. DNS/LESなどの大規模数値シミュレーションは, 新しい制御アルゴリズムの提案を系統的に評価するために有効である.今後は, 実用性を勘案して, 流れ場に関して限られた情報, あるいは劣化した情報からも, 適切な制御入力の時空間分布を決定することの可能なアルゴリズムの開発評価が重要である.一方, 微細なセンサ, アクチュエータ, 制御回路設計など, ハードウエアの開発研究を進めることも必要である. そして, これらの両輪がバランス良く進展してこそ,新たな機械システムを創造することが可能になり, また, それらの基礎研究の成果は他分野にも様々な波及効果を及ぼすものと予想される.

参考文献

[1] 笠木, 乱流のスマート・コントロールに向けて, 日本航空宇宙学会誌, 48, 2000, pp.155-161.
[2] Endo, T., Kasagi, N., and Suzuki, Y., ``Feedback Control ofWall Turbulence with Wall Deformation,'' 1st Int. Symp. Turbuleceand Shear Flow Pheonomena, Santa Barbara, 1999, pp. 405-410.
[3] 遠藤, 変形アクチュエータによる壁乱流のアクティブ・フィードバック制御に関する研究, 東京大学博士論文, 1999.

Fig. 1 Near-wall flow field without control.
Blue:u'+=-3.5,Red:u'+=+3.5,II'+=-0.03.

Fig. 2 Arrangement of deformable actuators.

Fig. 3 Near-wall flow field under control of deformablewall actuators.

Fig. 4 Time trace of mean pressure gradient.